Seven's Room

メーカー経理マンの日常を綴るブログ。元銀行員。時々転職の話。

必死にバイト代貯めて買った念願のバイクを友人に貸したら大破して返ってきた話

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バイク...そう、それは男の憧れ。

颯爽と風を切り裂き、気の赴くままに、あるいは己の目指す場所へ向かって、どこまでも自由に駆け抜けていく。

愛する女性を後ろに乗せて近くの街中に出かけるのもいい。

気の合う友人とツーリングに繰り出すのもいい。

それは男の夢が詰まった希望であり、ロマンそのものなのだ。

 

今日はその夢に向かって懸命に努力し、念願のバイクを手にした男が迎えた「悲劇」について語りたいと思う。

 

諸君には心して読んでいただきたい。男の夢というものは、叶えた直後に朽ち果てることもあるのだということを、今日は、ただ、伝えたいのである。

 

それは大学2年の頃、時は今から約10年ほど前に遡る。

私はバイトをしていた。バイトを始めた理由はあまり覚えていないが、その当時はただ単に社会勉強がしたかったということもあるし、自由に使える小遣いがほしかったこともあっただろう。

 

ただ、当時は大学の講義も詰まっていたし、講義後はテニスの部活も毎日あっていたので、働く時間が1時間単位で選べることに魅力を感じマクドナルドのバイトを始めた。

 

5時半からバイトをしていた時期もあった。重たいポテトが詰まった段ボールを1階から3階の倉庫に運ぶ仕事もあり、かなりハードだった。

最初の頃はなかなかうまくハンバーガーも作れず、店に迷惑をかけることも少なくなかった。時に怒られることもあった。

その時は落ち込むこともあったが、だがたとえ辛くても、私にはいつしかバイトを頑張るための明確な理由が生まれていた。

 

それが男のロマン、「バイク」である。

 

私にはもう既に学生最強の武器であるバイクを手にした友人が3人いた。

彼らは同じ部活の仲間だった。そしてバイクを手にした彼らはまさに無敵を誇っていた。学生の「バイク」、それはドラクエの「メタルキングの剣」と同じだ。

ファイナルファンタジーの「エクスカリバー」と同じだ。

ハリー・ポッターの「ニワトコの杖」と同じだ。

たとえ平凡な学生でも、バイクを手にさえすればダーマ神殿に行かなくても勇者になれた。憧れの存在になれたのだ。

 

その勇者3人は遠い県外にもよく遊びに出かけていた。

純粋に、「楽しそう」だった。

時々友人の後ろに乗せてもらったバイクは最高に気持ちよかった。

切り裂いていく風が心地よかった。

私はいつしか、「自分もバイクが欲しい」と思うようになった。

 

但し、バイクは簡単に買える代物ではない。何しろ勇者になれるのだ。

その辺に落ちてもらってても困る。

 

既に車の免許はもっていたが、中型バイクの免許を取るのもまた8万ほどお金がかかったし、バイク自体中古でも何十万とする。すぐには買えない。

そんな高額なものを親に頼むわけにもいかない。自分でなんとかしなくては。

 

だから私はバイトをできるだけ、入れるだけ入れた。平日も講義の前にかなりの早起きをしてバイトを重ねた。

バイトは苦ではなかった。叶えたい夢があるのだから。バイクを手にした自分を想像すればむしろ楽しかった。

バイクに会いたくて逢いたくて震える夜もあった。

 

そして私は必死に働いた。絶対手に入れるんだと。俺は勇者になるんだと。

 

そして血を吐きながら働いて私はついに手にしたのだ。

念願のバイクを!

 

間違いなく、文句なしに自分が稼いだお金で買った初めての高額なものだった。

車種は悩みに悩んだ結果ホンダのCB400(色は白と赤)にした。

  

待ちに待った納車の日、私は歓喜した。

レッドバロンから家までの自分のバイクで走行した爽快さは忘れることはないだろう。

私は自分の力で夢を叶えたのだ。だがもちろん夢はここで終わらない。

どこへ旅をしようか夢は膨らんだ。大学の講義もあるからなかなか遠出はすぐにはできないが、長期休暇になったら一人で旅をしようと考えていた。

 

だが、その夢は果たせぬまま、潰えることになる。

ある日、バイクを持つ三人の勇者の一人から「少しの間、一週間くらいバイクを貸してほしい」と相談があった。

その友人を、ここでは仮に上田君と呼ぶことにしよう。自分のバイクが今使えない状態のようだった。私は貸すことにその時はあまり抵抗はなかった。

彼はバイクに乗り慣れていたし、心配は感じなかったのだ。

そしてバイクを貸した数日後、上田君はもう一人の友人(ここでは仮名で田中君と呼ぶことにする)と出かけていた。

 

その日、悲劇が起こった。バイクは道路で止まっている車の横をすり抜けるようにして前に進むことができるが、幅も狭く少し危険を伴うリスクもある。

だがそれをするのがわりと普通だ。彼はそのようにしてその時も車の横を走行していたらしい。すると、進行中に突然、横の駐車場から車が飛び出してきたのだ。

 

彼は避けられなかった。ぶっとばされた。

そう、

私の愛するバイクとともに。

 

これは後ろを運転していた田中君に後から聞いたのだが、「あぁ、あの時は終わったと思ったよ。バイクが」と言っていた。

上田君は吹っ飛ばされはしたが、軽症で済んだようだ。重症だったのはバイクの方だ

 

私の愛するバイクは大破していた。

何度も繰り返す。大破していた。

 

先に言っておくが、「なぜだ!なぜ大破したのが上田君じゃないんだ!ちっくしょう逆ならよかったのに!」なんてことは1ミリも思っていない。

え?いや思ってないよ、ま、マジで。起こってしまった事故はもう仕方ない。

それに事故を起こした車側が10-0で悪かったようだ。上田君は悪くない。

単に不運だったのだ。私のバイクが。

 

私はショックを受けはしたが、上田君を責めることはなかった。むしろ「気にしないでいいよ」と優しく気遣った。

 

私は仏だった。いいや、僧侶だったのだ。私は勇者になれなかった。

勇者にホイミをかける僧侶役を買って出ただけだ。バイクは一度レッドバロンに引き取られ、なんとか保険の適用で部品や装甲を修理してもらえるようだった。

 

だが、事故車というものは通常車よりもリスクを伴うものらしい。なんとか修繕が完了したバイクを引き取り、数か月ほど運転したが、なんともないように思った。

確かに直りはした。だが、どこか不安な気持ちが拭えなかった。

 

結局、私はバイクを手放すことにした。

愛するメリー号を燃やす覚悟をしたウソップの気持ちが今ならわかる。そう思った。

 

バイクは事故車とはいえ綺麗に修繕されており、中古でも新しい方だったからそこそこの値段で売ることができた。

 

時が経った今、そのバイクが今もどこかを走っているかはわからないが、もし私の後にそのバイクを手にしてくれた新しい所有者がいたのなら、その人とともに、幸せでいてくれることを、ただただ切に、私は願うのである。

 

(fin)