さいちゃん、銀行辞めたってよ

未来を模索する経理マンの日常。元銀行員。時々音楽と転職の話。

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sekai no owariに学ぶ自転車講座

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sekai no owariは今、どうやらとてつもない人気を博しているらしい。昔は「世界の終わり」という名義だったのだが、知名度が上がり、グローバル表記に改名した。

 

私が好感を持っているのは、「end of the world」とするのではなく、単に「sekai no owari」とローマ字表記にしたことだ。結局日本語なのがいい。変にグローバルを意識しすぎると彼らの個性が失われ、個性を失えば彼らの世界は終わっていたかもしれない。

 

先に言っておきたいのだが、私はけして彼らのファンというわけではない。彼らの曲は素敵な曲も多いと思うし、実際アルバムも2枚持っている。 だが、あくまでそれは教養としての知識であり、ファンというには彼らのことを私はあまりよく知らない。

  

ボーカル深瀬は妹が2人いることや、ギターのナカジンは塾講師のバイトを5年していたこと、ピアノのサオリが村上春樹に影響受けまくっていることや、DJ LOVEはフィギュア集めが好きなこと、その程度のことくらいしか知らないのだ。カラオケでは必ずドラゲナイする私だが、ファンと呼ぶには本当のファンの方たちに失礼だ。

 

 

話は変わるが、私が社会人になって3年目になったばかりの頃だ。情熱大陸に深瀬が出ているのをたまたま見たことがある。彼はなかなか壮絶な過去を持っていた。集団でリンチされた経験や、パニック障害で精神病院に入院していたこと。彼はそれらの過去を乗り越えてきたのだ。並大抵のことではないだろう。

 

情熱大陸で彼は自転車に乗っていた。曲作りをする時、歌詞を考える時、何時間も自転車に乗りながら考えるという。なるほど、と思った。考えごとをするには自転車は良いかもしれない。私は思った。

 

自転車、ええなぁ。サドル高い自転車、かっこええなぁ。クロスバイク、欲しいなぁ。

 

 だが、いくら社会人になり自由にお金が使えるようになったからといって簡単に買ってはいけない。よく考えて、慎重にいかなければならない。本当に必要な物なのか?衝動的に買うなど言語道断だ。ただでさえ、必死に働いて手にした中型バイクを友人に貸して大破した経験を持つお前じゃないか。よく考えろ。

 

 バイクについて読んでない方はこちらの記事を参照

 

 

だから私は買いたい欲求を抑えた。落ち着けと言い聞かせた。そしてまもなくゴールデンウィークを迎えた。私は当時銀行で働いていたのだが、銀行というところは良くも悪くもカレンダー通りに営業するところだった。

 

メーカーみたいに10連休なんて奇跡は起きない。せいぜい4連休くらいのものだ。だが、その貴重な休みに、私は銀行で働いていた。仕事がその時期忙しいのだ。休み返上で働いていた。

 

SNSを開けば、地元の友人たちが帰郷して楽しそうにしている写真が目に飛び込んできた。 私は悔しかった。なぜ、自分は働いているのか。今日は休みではなかったのか。世間はGWではないのか。なぜ銀行員は働かねばならないのか。

 

私の身体はストレスで充満した。むしゃくしゃした。今にも爆発しそうだった。

 

仕事を終え、私はすぐさま直行した。このストレスを発散する場所へ向かった。

 

 

自転車屋だ。 

 

私は迷わなかった。迷ってなどいられない。すぐさま買わなければならない。脳が私に語りかけていた。「自転車を今すぐ買わないと君は爆発するよ」と。

 

自転車を買うか爆発するかのどちらかを選べといわれたら、自転車を買うに決まっている。そうだ、自転車を買うべきなのだ。

 

ルイガノのクロスバイクを迷わず購入した。価格は6万程だったと思う。

 

気にするな。社会人なのだ。自分のお金など好きに使わせてくれ。

「月々の収支バランスが大事なんです」とお客さんに語りかけていた自分はどこにいったのか。知らない。そんなの知らない。銀行など糞食らえだ。

 

そして私は手にしたのだ。

念願のクロスバイクを。

 

颯爽と駆け抜けるクロスバイクは最高に気持ちよかった。力を入れずにスピードが出た。どこまででもいける気がした。

 

 

しかし、そんな幸せは長くは続かなかった。

 

 

盗まれたのだ。

 

確かに駅に鍵をかけて置いていたはずだった。だが、戻った時に私の愛するクロスバイクはその姿を消していた。探し回った。近くにあるかもしれない。

 

だが、どこを探してもなかった。警察にも行った。

しかし結局、見つからなかった。

 

こんなことがあっていいのか。盗んで走り出していいのはバイクであって、クロスバイクではないだろう。

 

あぁ、神よ。なぜ私なのだ。私の何がいけないのだ。数年前に愛する中型バイクを大破させといて、神よ、これ以上私にいったいどんな試練を与えようと言うのだ。

 

二輪車がいけないのか。二輪と名のつくものはいつも私の元から去っていく。

壊れるほど二輪車を愛しても、3分の1も伝わっていなかったのかもしれない。

悲しいことだ。出来ることなら、二輪車に愛されたい人生だった。

 

 

だが、私はこれらの出来事から悟ったのだ。

 

私の世界に二輪車はいないのだと。

 

そう、学んだのだ。

 

私の人生から、二輪車の存在する

 

 

 

 

 

sekai no owari を。

 

 

(fin)