さいちゃん、銀行辞めたってよ

メーカー経理マンの日常。元銀行員。時々音楽と転職の話。

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里を裏切り大阪に永住を決めた友人の話

私の実家はとてつもなく田舎だ。

山と森と海と川。この4大自然の全てを手中に収め、全国有数の昆虫施設を構えるほど、全国トップレベルで虫が多い。石を投げればカブトムシに当たる。町の共通通貨はクワガタだ。

 

そんな田舎で私は育った。町にはもちろんカラオケやゲーセンなんて類のものは存在しない。小さい頃「遊びにいこうぜ」と友人に誘われて出かける先は「山で基地作り」か「海(もしくは川)で釣り」の2択だった。

 

最寄のコンビニは家から5km徒歩約1時間。

隣町にある最寄の駅までは家から8km、途中とんでもない山を下らないといけないので歩いたら2時間はかかるだろう。帰りにかかる時間は言いたくもない。

車がなければスーパーにも行けないのに、何故か美容室だけは家の目の前に立っている。

 

もし東京で長く育った人間がアイマスクをかけられて突然連れてこられ10年ここで暮らせと言われたら、そのまま目の前にある海に飛び込むか錯乱状態で山に逃げ込み20年後にアウストラロピテクスさながらの格好で野に出てくるかのどちらかだろう。

 

高校を卒業し県外の大学に進学するまでの18年間を私はその町で過ごした。

不便だと思ったことは一度もない、それが当たり前だったからだ。

 

大学卒業後も故郷を離れて、今は福岡に暮らしているが、時々GWみたいな休暇があると里帰りをする。そして帰るたびに思う。あぁ、やっぱり私はこの町が好きだなと。

 

確かに何もないかもしれないが、この空間には癒しがある。何もせずに、海が見える広い公園に目を閉じて立ち、そこで風を浴びるだけでいい。全てが洗われる気がする。原点に戻ってきたような、そんな気持ちになる。

 

故郷の友人たちは良い奴ばかりだ。大半は町を出て働いてはいるが、いつかこの町に戻ってきたいよなと酒を飲んでは語り合う。

 

その中でも一人、「俺は地元を捨てない。こんなに愛せる町はない。いつか必ず帰る。」そう強く語る男がいた。大学も県内の国立に進学した男だ、なんて地元愛が強いのだろう。私は感嘆した。あまり自己主張の強いタイプではないしどちらかといえば控え目な人間だったが、故郷愛だけは人一倍強かった。

私も故郷が大好きな人間ではあったが彼には勝てないなと思ったし、そういう意味では彼のことを尊敬していた。

 

だがそんな我々には最大のネックがあった。故郷には大学卒業後に就く仕事がないのだ。学んだことを活かせる職場がなかなかない。

私も今では福岡で働いているが、いつか東京や大阪などに転勤する可能性だってあるし、実家からは離れることは致し方ない環境にいる。

 

だが、その友人ならきっと何かしらの手段で地元に残ると思っていた。あれだけ地元愛を語っていた人間だ。仕事はないといっても、実際そこで働く人々は大勢いる。考えれば何かがあるはずなのだ。私は信じて疑わなかった。彼だけは地元に残って私や他の友人の帰りをいつも待っていてくれるはずなのだと。

 

しかしそれは泡沫(うたかた)の夢だった。彼は大学を卒業後、そのまま院で惰性を貪り脂肪を蓄え、何やらいわくつきの推薦により東京本社の大手企業に就職を決めた。

静岡に配属され何年か働いた後、大阪に転勤した。そして大学の頃から付き合っていた大阪府庁に勤める優秀な彼女とそのまま結婚し、そのまま居を構えた。

 

 

一度彼に尋ねたことがある。

君は必ず地元に残ると言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか。

 

彼は少しにやけ顔で答えた。

「ははっ、人生そんなもんっしょ。大阪は都会で快適だしね」

 

 

それを聞いた私は、怒りだとか、憐れみだとか、そんな感情は抱かなかったように思う。強いて言うならば哀しみの感情はあったかもしれない。

 

何かに執着する、言ったことを成し遂げるというのは難しいものだ。例えば3年前に立てた目標を今でも覚えている人はいるだろうか。子供の頃に描いた将来の夢を、今でも抱き続けている人はどれだけいるのだろう。

 

人はあらゆる環境の中で適合して生きていかなければならない。一度立てた誓いも目標も、いつの間にか別の何かに姿を変えている。

彼にとっても、地元に残りたいという思いはけして嘘ではなかっただろう。だが就職先や結婚相手など、複数の課題を解決するには地元に残る選択肢は除外せざるをえなかったのだ。

 

私に彼を責める権利はない。言ったことをやれてないという意味では私も同じだ。

小さい頃、アンパンマンになって善人ぶって人を助けて金を貢がせ、その稼いだ金で豪邸建ててあげるよって母親に言った約束、守れてないもんなぁ。

 

 

(fin)