さいちゃん、銀行辞めたってよ

メーカー経理マンの日常。元銀行員。時々音楽と転職の話。

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「一人カラオケ」の壁を壊したあの日とロックロールな彼女

1989年にベルリンの壁が崩壊したことを人は歴史的瞬間と呼ぶのかもしれないが、私としては「一人カラオケ」という名の羞恥の壁を壊した瞬間こそがまさにそう呼ぶにふさわしい。

 

途方もなく絶望的に高いその壁を破壊したのは2010年の冬だった。自信なんてどこにもなかった。私にあったのは母さんがくれたあのまなざしだけだった。だが「あの」まなざしだけではどうにもならない。一人では絶対に成し得なかった。壁を壊すことが出来たのは、一人の親愛なる心の友のおかげだ。

 

今でも鮮明に覚えている。私たちは心もとない松明(たいまつ)を片手に壁の中の暗闇を足掻き、さ迷った。あの時、あの時期、君は何を思ってた?たぶん同じ気持ちだったって勝手に思ってる。

 

あの日、私たちはドトールで待ち合わせていた。その友人と待ち合わせて会うのは初めてだったし、その時はまだお互いのことをよく知らなかった。ちなみにその友人は女性だ。身長も高く、美人だった。就職活動の一環のインターンシップで出会った私たちはある日彼女がドトールで読書をしている時にたまたま出会って仲良くなった。

 

私と意気投合できる人間なんて世界広しと言えど彼女くらいなものだろうが、彼女は美人なのに気さくでユニークさを持ち合わせていた。私が所持していたユニークさと同じ類のそれだった。彼女の話をすると長くなるのでこれはまた別の記事に書くとするが、私たちはとにかくドトールでもう一度、今度は示し合わせて出会い、そこで心から打ち解け、心の友になったのだ(私たちはソウルメイトと呼び合っている)。

 

私たちは色んな話で盛り上がったが、「一人カラオケ」に行く勇気をどうしたら持てるようになるのかという話題がどちらともなく出た後はもうそのことしか考えられなくなった。私たちはラッド、アジカン、チャットモンチーなどの邦ロックがとても好きだった。あのカラオケルームで誰にも気を遣うことなく爆音で歌い倒したい。その欲望に満ち溢れた。

 

だが、どうしても勇気が出ない。恥ずかしすぎて一人でカラオケ屋に入ることなんてできない。ましてや一人でカウンターの店員に話しかけるなんて考えるだけで恐ろしい。彼女も同意見だった。だが私たちはもう一人ではない。魂が通じ合う友を得たのだ。

 

二人で行って、一人ひとり別の部屋にしてもらうのはどうか。なるほど、天才的名案だ。だがちょっと待て、それちょっと余計変なやつに思われないか?何こいつらキモいんだけどって、思われないかな?それにそれでは一人で壁を越えたことにはならない。私たちは一人で行ける勇気を持たなければならない。今日ここで壁をぶち壊すんだ。そうすればもうためらうことなく一人カラオケに行ける。

 

そこで彼女が言った。

「わかった。私が勇気を出して先に行って来る。君は10分後に入ってきて。そしたらそれぞれが一人で受付を済ませることができるわ」

 

私は狼狽した。いくら壁を壊したいとはいえ、そんなの自殺行為だ。受付用紙に記入している最中に恥ずかしさに耐え切れず逃げ出す未来を想像した。そしたら共倒れだ。一生、そのトラウマを引きずり生きていくことになる。壁を壊すことなんてもうできやしない。

 

だが彼女は譲らなかった。駄目だと、壁を壊すには誰かが犠牲にならなきゃいけないの。その役目は私が負う。大丈夫、きっと成功するよ。そしたら君は後を追ってくるだけでいい。私が行けたんだから、きっと君も行ける。大丈夫、全てうまくいくわ。

 

私が最初に行くと言っても彼女は譲らなかった。

そして、彼女は踏み出したのだ。壁をぶち壊すための、歴史的第一歩を。

 

10分待った。彼女は戻らない。途中で息絶えてないだろうか。成功している期待と、心配から来る不安が交互に押し寄せた。しだいに不安の方が大きくなり、心の中の拭い切れぬ影が雨雲のように広がった。しかしそろそろ行かなければならない。彼女の勇士を追わねばならない。

 

そして私も踏み出した。受付に向かった。彼女はいなかった。店員は心なしか「え、お前も一人?」みたいな顔をこっちに向けている気がした。受付用紙に記入する手が震えた。汗が滝のように身体を流れた。足が震えた。もう逃げ出してしまいたい。いいや、頑張れ、頑張れ!

 

そしてなんとか、受付を済ませることができた。私は部屋に向かった。そこは狭い空間だったが、私にとってはもう無限に広がる宇宙だった。

 

 

最高だ。最高だ!もう、何も気にせず好きなだけ歌えるのだ。

 

彼女に電話してみた。爆音で音楽を流している。同時に安堵感が胸に広がる。

そうか、彼女も成功したのだ!やった!やったぞ!!

私たちは壁を壊したのだ!!!!

 

ひとしきり歌い終わった後、彼女の部屋に行ってみた。彼女は私に気づかず、目を閉じて、そして魂を震わせてアジカンの「ソラニン」を熱唱していた。

 

やっぱり只者じゃない。なんてロックンロールなんだ...!

 

先陣を切って壁を壊した人間はこうもかっこいいのか。

 

 

 

そして、時が経ち、私たちは大人になった。

あの壁を壊してからもうすぐ10年になる。彼女は結婚して、今ドイツで暮らしている。

 

 

きっと今も、彼女らしくロックンロールな日々を過ごしているんだろう。文化が違う世界でも、きっとたくましく輝いているはずだ。彼女は最初に壁を壊した勇者なんだ。

 

それにしてもドイツだなんて彼女らしい。今ももしかしたら魂を震わせて歌っているかもしれない。

 

だってそこには、自由を妨げるベルリンの壁だって、もうないのだから。

 

 

(fin)

 

 

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