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銀行を辞めた今、銀行で働いていた時の最大の「違和感」について語る

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銀行を退職しメーカーに転職してからというもの、「心のゆとりと時間の余裕」が銀行で働いていた時のそれと比べ物にならない。

だからこうやって落ちついてコーヒーを飲みながらブログを書くことができているのだろう。  

 

以前、書きたい記事リストというものを作ってみたのだが、その中に「銀行を辞めた方がいい100の理由」というものを書いた。

 

negitoro1222.hatenablog.com

 

それからだ。銀行で働いていた時の同期から「早くその記事を書いてくれ」「外部の意見を聞かせてくれ」と言われるようになった。

 

わかっている。勿論書くつもりでいる。だがこれは確実に記事が長くなる。

少し時間をくれ。無論、その記事は私の(短くはあるが)銀行員人生の集大成といえるものになるはずだ。

 

だが、なぜ早く記事を求めているのだ。

 

君たちも辞めたいのか

 

私にその背中を押してほしいのか。

 

わかった。任せてくれ。

少し時間をくれればちゃんとしたものを書く。

 

だが、私が働いていた銀行は地方銀行では全国トップレベルの規模を誇っていた。

財界ではとてつもない権力を持っているだろう。

私のブログなど消すには容易い。

 

もし、その記事を公表した後に私のブログが消えていたら、そういうことだ。

あとは察してほしい。

 

 

しかしそもそも何故、人は(地方)銀行に就職するのだろうか。

 

 

理由はいくつか考えられる。

・自分の育った地元地域に貢献したい。

・高給なイメージがある

・ちゃんとした所で働いているという外部へのブランド

・15時でシャッターが閉まるので早く帰れるイメージがある

・土日祝日が休みで福利厚生も手厚い

 

ザッと挙げるとこんなものだろう。

そう、銀行に就職する人の大部分はこのようなイメージで入社してくる。

実際に銀行が何をするところかよく知らぬまま。

 

銀行で具体的に何をしたいか考えて入社する人間はおそらく2割にも満たない。

それに自分がやりたい仕事に就ける人間などほとんどいない。

銀行の業務はあまりにも多様であり、数多い支店のどこに配属されるかもわからない。

 

そして上記に挙げたような銀行で働こうと思う理由が、すべてその通りではなかったことに入行後に気づかされる。

 

就活生が「なぜ銀行を選んだのか」と面接で問われた際に、おそらく最も答えられているであろう答えがこれだ。

 

「地域に貢献したいからです」

 

そう、この地域貢献というイメージこそが、入行後に強く裏切られることになる。

 

例を2つ挙げる。

 

投資信託

 

銀行では「投資信託」というものを取り扱っている。

投資信託のイメージがつかない人は、「株」で考えて欲しい。

 

銀行で働く人間は業務の多様化につれ、様々なノルマが貼られている。

 

その一つが「投資信託」だ。

以前、投資信託は販売額というノルマが貼られていた。

100万の投資信託を顧客に販売すれば、100万が行員の販売実績になる。

 

投資信託は購入するのに2~3%程度の手数料がかかる。

だが、購入手数料がかからない「ノーロード(手数料なし)」というものもある。

顧客は手数料がかかるのが嫌なのでノーロードのものを好むし、行員も販売しやすい。

だから投資信託の「販売額」がノルマで貼られていた時はこれがよく売れていた。

 

だが、当然銀行も民間企業なので利益を追求する企業だ。公務員ではない。

いつしか投資信託のノルマも「販売額」ではなく「利益」へと変わった。 

 

要は手数料をもらわないノーロードを販売しても利益にならないので、手数料のかかるものを販売するような方針に変わったのだ。

 

するとどうだろう。明らかにノーロードの販売額は下がった。

行員は手数料のかかる投資信託を優先的に販売するようになった。

ノーロードを販売しても自分のノルマに何の影響もならないからだ。

 

もちろん、行員も顧客に不利益を被らせたいわけではない。

現在の相場観や顧客の許容リスクを鑑みた上で適した商品を選ぶ。

だがそれもほとんどは手数料のかかるもの中からだ。

 

 

 

そういうものなのだ。

 

 

表向きでは「顧客のため」を謳っても、結局は銀行も利益を追求する「営利企業」であり、行員も給料をもらう以上ノルマを果たさねばならないただの「人間」なのだ。

 

 

融資

 

もう一つ例を挙げる。

銀行は顧客から預かった預金を原資に、個人や企業に預金以上の利率で融資(お金を貸す)することで利益を上げる。

個人で例えると住宅ローンやマイカーローンがそれだ。

 

当然、これも支店の規模に応じて相応の融資額のノルマが貼られる。

 

必要がなければわざわざ金利のかかるローンを借りる人も企業もいるわけがない。

だから行員は必死に探す。借りたい人を探す。

だが、実際にはもっと楽にノルマを果たす方法がある。

 

それは企業に「お願い」することだ。

お金を借りてくれと頭を下げるのだ。

 

「1週間、いや、3日間でいいです。3億円、どうか借りてください」

などと頭を下げるのだ。

 それに、お願いしながら借りてもらうのに利子はしっかり取るのだ。

 

そんな小手先のことでノルマを達成しても何の意味もない。

だが、これが往々にして実際に行われているのが現実だ。

 

「あなたたちが必死に働いて得た利益の中から、私たちのノルマのためにどうか利子(お金)を払ってください」

と言っているようなものだ。

 

この現実を最初に知った時、私はショックを通り越して傷ついたことを覚えている。

銀行はこんなことをしているのか、と。

地域に貢献すると謳っている銀行が、このような実態があったなどと誰が想像できただろう。

 

多くの行員はこの事実を最初に知ってとてつもない罪悪感を覚えたことだろう。

物凄く心の抵抗を感じただろう。

 

だがそれをすることを当然のようにする文化があったのだ。

上司も平気で命じてくるのだ。

「あそこに頼み込んで借りてもらってこい」などと。

 

 

そしていつしか、抵抗を感じながらも少しずつそれが当たり前のことのようになっていく。

そうして文化が継続されていくのだ。

 

最後に

現在は、日銀が「マイナス金利」政策を導入してから銀行は融資で利益を上げれなくなってきた。今までのビジネスモデルは全く通用しない。

早急な変革が求められている。

 

だが変革すべきはビジネスモデルだけなのだろうか。

 

「顧客のため」を謳いながら、「銀行のため、自分のため」に行う営業活動に、果たして未来はあるのだろうか。

 

信頼を失ったら企業は終わりだ。

私が銀行で働いていた時に感じた最大の違和感、それは営業しながら自ら信頼を失いにいっていることもあるということだ。

 

真に銀行が「地域」「顧客」のためを思った営業活動が為される事を、銀行を辞めた今、外部から私は願いたい。

 

(fin)

(※この記事の内容がすべての銀行で当てはまるわけではありません。あくまで個人の経験と主観です)

 

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