七回目のカタルシス

日々の記録と記憶

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ブログ公開前に時々やっていること。

ツイッターで面白い企画があって、「今日はレストランにハンバーグを食べに行きました。美味しかったです」というテーマで3000字の文章を書くという、SEOだとかアフィリエイトだとか所謂「稼ぐブログ」の概念をぶち壊してくれるような雑文書きの雑文書きによる雑文書きのための素晴らしい企画。

 

僕も最初参戦表明したけど、ちょうどパソコンが壊れてる時だったので書けず、実は内心「こ、これだけの条件では書ける自信など到底ない…(震)。み、みんなもきっと挫折するだろう…(遠い目)」と思っていたことをここに白状します。しかし意外と皆さんバリバリ書かれている。恐るべし。しかも毎週テーマが変わるのだけど、毎回きっちり書いてる人もいる。恐い。みんな凄い。

 

 

さて、上記のように今回はテーマが「ブログ」と易しいテーマであって文字数も2019字でいいのでこれなら僕にでもギリ書けるかもなと思って書き出してみる。うん、というより僕にはこれくらいじゃないとたぶん書けない。

 

少し前に承認欲求について自分の気持ちを書いたのだけど、その時に書ききれなかったというか白状してなかったことをせっかくなのでここで書こうかと。

 

www.saichanblog.com

 

けして自分を卑下するわけでもなく、僕はいつだって不安だ。無心に書いている時はまだいい。でも書き終わった後、これの何が面白いのだろうと絶望に暮れることもよくある。こんなふざけた文章や出来事を世に公開して、いい加減嫌われてしまうんじゃないかとビクビクしながら公開したりもする。 

承認欲求について少し赤裸々に書いてみようと思う - さいちゃん、銀行辞めたってよ

 

こう書いた通り、僕は記事を公開する時はすごく不安な気持ちでいる。

 

「これちょっとさすがに読者の皆様引いてしまわない...?」

「ちょっと攻めすぎでないの...?嫌われてしまうんでないの...?」

 

書いている自分にはなかなか客観的に見れないので面白いの判定がよくわからない。「言葉」というのは受け手によって捉え方が異なり、自分が思ったように必ずしも真っ直ぐ飛んでいってくれるものではない。

 

面白く読んでもらいたいと思って書いた記事に対して、「クソつまんなかったわ時間無駄にして死にたい、ブログ書いた人は即刻地獄に落ちることを願う」のような反応が飛んできてもおかしくない。恐すぎる。

 

そんなクソリプに怯えるチキンハートな僕は、時々一人の信頼できる友人に公開前に読んでもらっている。

 

ずっと前からこのブログを読んでくれている人はわかるかもしれないけど、時折登場するドイツ在住のソウルメイト。僕は彼女のことは心底信頼しており、笑いのセンスについても抜群で、後押ししてもらえれば「よし、大丈夫だ」と安心して世に送り出すことができる。

 

そして読んでもらう時はだいたい次のような流れになる。

 

僕「なぁ、ブログ書いたけど読んでもらえるか?」

友「ん?えよ?」

僕「じゃぁちょっと送るな?」

~数分後~

友「ワロタwwwいってよし!www」

(注:友は女子である)

 

だいたいこうだ。もうほとんどシンプルにこうだ。

何回か事前に見てもらったことがあるのでいい加減こうなることはわかってきたし、内容は別に変わらず結局そのまま公開するのでもはや気休めとかプラシーボ効果的なものかもしれないけれど、心許せる友人に見てもらった後に公開するのは少なからず安心できる。

 

ただもしかしたら友人に気を遣われてるかもしれず、最悪、「ぶっちゃけあんま見てないけどとりあえずワロタwwwと言ってればいいだろw」くらいに思われてる可能性も大いにありうるけれど、うん。

 

ちなみに公開前に読んでもらった例で言えば、

 

たとえばこれとか

www.saichanblog.com

 

他にもこれとか

www.saichanblog.com

 

これらの記事を書いた時は我ながら「終わったな...」と思った。

面白いとか以前にキモ過ぎると思った。

「これを公開したら皆様に嫌われて僕のブログ人生もジ・エンド、お疲れ様でしたありがとうございました、あ、ちょっと待って一応聞きますけど次回作はありますか?いいえありません、私は身も心も朽ち果てましたお疲れ様でしたありがとうございました」と虚しく一人会話すること請け合いだったのですかさず友人に送ってみた。しかしそれでも「ワロタwww」と返ってきた。お前気は確かかと思った

 

でも後押ししてくれたので恐る恐る公開してみたら、何故か今までより反応がよくて多くの人からフォローもしてもらった。どないなってんねん。もう自分がわからなくなった。でも僕はこれはこれで面白いと読んでもらおうと頑張って書いたのだ。そしてそれを友は背中を押してくれたのだ。それを信じるべきだと思う。僕が僕自身を信じないでどうする。友が信じてくれた僕を信じないでどうする(なんか壮大)。

 

冒頭に貼った記事にも書いたけれど、文章力を向上させていつか自信を持てるように、他人の反応を過度に気にせず、己が信じるものを書き綴り公開していけるように。

 

そんな感じを目指して2019年も結局適当にやっていこうと思いますので皆様本年もどうぞよろしくお願いいたします。