七回目のカタルシス

日々の記録と記憶

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妻にtwitterアカウントがバレそうになって死ぬほど焦りました。

何でもないようなことで身を滅ぼしそうになった先週土曜の夜だった。

 

その日、僕は妻と一緒にNetflixであいのりを見ていた。僕はあいのりの記念すべき第一回目の放送を小学生くらいの時に偶然見て以来、面白くてずっと見てきている。恋愛というものは、感情を大きく揺り動かされる最たる物事の一つだと思う。自分自身の恋愛は死ぬほど下手くそな僕だったけれど、人の恋路の激動の様を画面越しに観るのは面白い。

 

その日見た回は女性が男性に告白した回だった。告白がOKならキスして帰国、NOなら一人で帰国。自分と釣り合うなど思っていないけど、思いが溢れて止まらない、きっと叶わない、でもどうか伝えたいこの思い。そう勇気を振り絞って告白した女の子の純情さ、そしてその思いが見事相手に届き、二人の想いが重なったその瞬間が僕の琴線に触れたのだ。僕は思わずツイートせざるをえなかった。

 

泣いた。

#あいのり  

 

たったそれだけの短いツイート。誰かに聞いてほしかったわけでも、何かを訴えたかったわけでもない。ただ自身の内側からとめどなく溢れてくる感情をどこか違う場所に移したかっただけ。心のゲージが満杯になる前に。そしてその世界がたまたまツイッターだっただけ。だから僕はまったく想像だにしていなかった。僕が吐き出した先のその世界に、妻が侵入してくるという事態を。

 

僕は妻にツイッターをしていることを話していない。ブログを書いていることも話していない。というより、もはや話せない。このブログもツイッターも身内に見られては色々とまずいことが起こる類のものになってしまっている。妻からツイッターアカウントがバレるなどということは一番あってはならない。そう、あってはならないのだ。

 

そんな妻はあいのりを見終わった後、スマホを見ながら言った。

「ねぇ、でっぱりんみんなに叩かれているよ~」。

でっぱりんとはあいのりに出てくる女性メンバーだ。巻き舌で言葉を捲し立て相手を威圧し、一度アルコールが入ると屈強な男子メンバーやかよわい女性メンバー関係なく標的をどつき飛ばす強烈な人物であり、僕も妻もでっぱりんの言動に時に怒ったり呆れたりと感情を振り回されていた。

 

「ねぇ、でっぱりんみんなに叩かれているよ~」と言われた時、僕はまだ事態に気づいていなかった。

何気なく「へぇ~何が?どれどれ」と妻のスマホ画面を覗く。僕は大きく目を見開いた。全僕を震撼させる恐怖の映像が僕の目に飛び込んできたからだ。妻は「#あいのり」で検索してツイッターを見ていたのだ。

 

ちょ、ちょっと待てよ?

つい先ほど#あいのりをつけて泣いたとツイートした奴いなかったっけ?

 

ドクン、ドクン。聞こえてくる心音。心臓が激しく鼓動を打っている。額からじわりと汗が滲み出ている。落ち着け。落ち着くんだ。

 

妻は「話題のツイート」の表示を見ている。

 

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話題のツイート

話題のツイートはこのようにいいねやリツイートなど反応が多いものが上位に表示されるようになっている。大丈夫だ。僕のあの短文ツイートにいいねが集まっているはずがない。見ると一番上位のものは70いいねほどついている。僕のツイートなどせいぜい2.3いいねなものだろう。よっぽどスクロールしないと表示されるはずがない。

 

だが妻はツイートが面白いのか嬉々としてスクロールしていく。その先に僕の危機が迫っていることも知らないで。僕は平静を装いながら妻のスマホを凝視する。僕ではないような僕がガラガラの声で「へぇ~面白いね」などと言っている。心はもとより意識も当然そこにない。

 

もし...?このままスクロールして僕のツイートにぶち当たったら...?

仮に、アイコンが僕だと気づいたら...?(ツイッターアイコンはわからないような写真を使っているが紛れもなく僕自身である)

万が一、プロフィールに飛んで僕のブログを見つけたら...?

 

最悪の想像が目まぐるしく僕を襲う。そうこうしている内に妻がスライドして見ているツイートのいいね数が減ってきている。

10・・・9・・・8・・・

死のカウントダウンが始まっている。僕のツイートが見つかるのも時間の問題だ。今更瞬時にツイートを消してももう手遅れ。今見ているタイムラインにはツイートの消去はすぐさま反映されない。

 

何か策を打たねば、取り返しのつかないことになってしまう。

お風呂に入ることを促したり、テレビをつけて興味を移そうとする策はことごとく失敗する。妻はあいのりのコメントを追うこと以外興味を完全に失ってしまっている。もはやあいのりのコメントを追うことに今生の喜びを見出しているように見える。

 

もう手がない。絶望に打ちひしがれながら、再度彼女のスマホ画面をふと見た時、そこには、紛れもなく、僕のツイートが映っていた

 

息が止まりそうになった。「それ、俺やん」そう思った。彼女はタイムラインの僕の上の人のツイート(長め)を興味深そうに見ている。そして奇跡的にも、妻の左手の親指が僕のアイコンの上に重なっていて、アイコンが見えていない。ジーザス。

 

しかし上の人のツイートを見終わったら、僕を見るだろうか。僕だと気づくだろうか。走馬灯のように二人の思い出がフラッシュバックしてくる。駄目だ。死ぬにはまだ早い。体中の細胞フル動員で言い訳を探す。狂おしいくらい何も思い浮かばない。僕は学校や社会で何を学んできたのだろう。微分積分も三角関数も仮定法過去も金融も会計知識も何も今の僕を助けてはくれない。もはや妻が僕に気づかないことを神に祈る以外なかった。動悸が耐え難いほど高まっている。ドクン、ドクン。

 

時間にしておよそ5秒ほどだろうか。そのわずかな5秒が永遠と思うくらい長く感じた。

いっそこの5秒間が永遠に終わらなくてもいいとさえ願った。

 

だが願い虚しく現実逃避という名の魔法が溶け、現実世界に舞い戻ってきた時、僕は恐怖で人ならざる顔をしていたと思うけれど、妻の指は一瞬にして、画面をスクロールした。僕のツイートは流れて見えなくなった。

 

その瞬間、僕は息を深く吐き出した。息を止めていたことに気づいた。助かったのだ。僕は恐怖からの解放の雄たけびを心の奥の奥からあげた。

 

泣いた

#あいのり

 

その短すぎるツイートかつ意味のわからないツイートに、妻は興味を示さなかったのだ。危なかった。間一髪だった。僕は今この文章を書きながら、あの日あの時あの瞬間のドキドキが蘇ってくる。何でもないようなツイートが、身を滅ぼしかねないことを学んだのだ。

だから僕は誓う。二人で共有したことをこのアカウントでハッシュタグをつけてツイートすることは二度としないことをここに誓う。

 

 

この記録があの日のツイートの全容である。

あいのりで泣いて、更に身バレで号泣するなどということはあってはならない。慢心は死を招く。大切なことは油断しないこと、ただそれだけだ。