さいちゃん、銀行辞めたってよ

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銀行で働いていた頃の最もストレスフルな暗黒期時代の話

銀行で働いていた頃は、営業成績が絶好調で仕事が楽しくて仕方がないという時もあったがそんな時でさえ日々何かしらのストレスと向き合っていたと思う。事務の期限や営業目標、顧客との折衝、職場の雰囲気、人間関係、どんな人間でも社会で働く以上大小問わずストレスがあるだろう(それは銀行に限った話ではないが)。

 

そのストレス社会の中で特に「職場の雰囲気」が最悪だった時期があった。あの頃の私は多大なるストレスに苛まれていた。誰が何をやっても全てが後転した。支店の業績は最悪、監査はボロボロ、上司に対する不信感、人間関係の軋轢。支店全体が漆黒の闇に包まれていた。

 

闇の元凶、それは残念なことに、私が所属していた融資グループにあった。グループは5人で構成され、互いが向き合うように机をくっつけて座っていた(島と呼ばれていた)。あの頃は預金の女性の先輩などによく言われたものだ。「ねぇ、融資の島暗いよ?大丈夫?」と。無論、大丈夫ではなかった。その闇の原因は預金や資産運用などの他グループにも重々わかるくらい、目に見えてはっきりとしていた。他グループからは私たち融資の島の頭上に立ち込める暗雲がよく映っていただろう。

 

そして渦中にあった私たち融資グループは、頭上に立ち込める巨大な暗雲から強烈に降り注ぐ雷雨に激しく打たれていた。私たちがいた何もない小さな島に鳴り響く雷鳴、吹き荒れる暴風や大雨に、抗う術など、あるはずがなかった。いや、或いは、その表現も間違っているのかもしれない。もっと正確に言えば、その強烈な雷雨はある一人の男に注がれていた。その男が受け止め切れなかった被害を、近くにいた私たちが受けていたのだ。

 

その男は融資グループを束ねる課長だった。支店の雰囲気が闇に飲まれていったのは、その課長が転勤してきてからのことだった。彼が転勤してくる前に彼の経歴を聞いた私たちは驚いた。誰もが羨むような優秀な支店を渡り歩いてきたエリートな経歴だったからだ。よほど優れた人が来るのだろうと期待した。だがそのエリートな経歴とは裏腹に、見た目はまったくスマートではなかった。年齢は40手前だったが見た目は老けていて頭は薄く、背は低く、肥満体型。どっかの役員でも来たのかと思ったらその課長だった。彼は文系最高峰の大学を出ていて頭は良かったし融資知識も豊富で書類作りもかなりのスキルを持っていた。

 

来た当初はやはり優秀な人かと思った。だが、ほどなくして性格に問題があることが判明する。当時グループは3年目だった私が一番下で、4年目の先輩が2人とベテランの先輩が1人、そして課長。課長は、自分より下と思った人間には態度が非常に傲慢だった。言葉使いも悪く、次第に私たちは課長に対する不信感が募っていった。加えてその体型と年齢からか発せられる悪臭が尋常ではなかった。私は隣に座っていたのだが、彼が近くに来た時は息を止めねばならなかった。息を吸わねば死んでしまうが、息をしても鼻がイカれてしまう。彼が私にもたらした良いことが唯一あるとすれば、息を長く止めていたおかげで肺活量を鍛えられたことだろう。

 

そしてしばらく経ち、最初は優秀かと思われた課長も次第に化けの皮が剥がれていった。彼は営業で自ら成果を取ってくることもなければ、かといって仕事が早いかと言われるとまったくそうでもなかった。資料作りにこだわりすぎるあまりか、私たちが回す稟議に膨大な時間をかけた。確かに出来上がる資料は素晴らしいものだったが、1件1件に時間をかけすぎて案件がまったく進まなかった。

 

彼の机には次第に書類が山のように積み重なり、「この稟議を見てもらうのは1ヶ月後かな」などと半ば本気で先輩たちと言い合ったりした。融資で契約した約定書は本来すぐに支店長に検印を回して本部に送らないといけないのだが、課長の所で何十件もストップしてしまっていて、今監査が来たら支店の評価は絶望だという状況が続いた。

 

顧客からの評判も悪かった。たまに挨拶で担当顧客のところに一緒に連れて行くと、何の脈絡もない話をして何を話しているかさっぱりわからなかった。次に一人でその顧客のところにいけば、必ず課長に対する不満を聞く羽目になった。およそどこに連れて行ってもそうだった。

 

一度、私が懇意にしている顧客への大事な融資の話で課長を連れて行くことになったことがある。現地集合にしていたのだが、先に車で着いていた彼は車内でタバコを吸い、窓から顧客の敷地内にその灰を落としていた。幸い私以外誰にも見られていなかったが、大事な融資の話の前にこいつはいったいなんてことをしているんだと激しい嫌悪感と怒りを抱いた。もしその姿を見られていたら、これまで銀行が築き上げた信頼関係をすべて無にしていたことだろう。

 

そんな状況が融資グループでしばらく続いた。案件が進まず全てが後手に回り、営業も十分に時間が取れなかった。支店長もその状況に気づき、ついに課長を激しく叱責するようになった。怒鳴られて然るべき人間ではあるが、それにしてもその叱責度合いは大きすぎた。支店長の前の席で2.3時間立たせて怒鳴ることも多々あったし、周囲にも聞こえるため職場の雰囲気は悪くなっていった。朝のミーティングでも課長に対して怒鳴り、そのまま私たちが怒られることも多かった。ミーティングは長引き、午前がほとんど潰れることもあった(私は支店長の熱いところは好きだったが、そういう面はさすがによくないと思っていた)。そんな中、営業成績が良くなるわけがない。事務ミスも連鎖のように続いた。低迷する成績、重なる事務事故、支店の業績は最低を極めた。

 

当初は傲慢だった課長もすっかり気力がなくなり、そして支店の誰もが自分に不信感を抱いていたのを感じたのだろう、別人のように思考も発言もマイナスなことばかりになった。融資グループは完全に闇の中にいた。仕事も毎日22時までしていたし、朝も早く出てくることも多かった。肉体的にも精神的にも辛かった。4年目の先輩二人と私の3人で、仕事が終わってから社員駐車場(みんな車で通勤していた)でこの異常な状況について不平不満を語り合った。今でもよく覚えている。家に帰りつくのは遅くなったが、あの夜の駐車場での語り合いがあったから、はけ口の場があったから、私は精神を何とかまともに保てていたのかもしれない。

 

そして、ある日事件が起きた。突然監査が入り、支店の事務状況は壊滅的だったのだけれど、そんなものは序の口だった。課長の机の中から、そこにあってはいけない前の支店で担当していた顧客の資料がたくさん発見されたのだ。情報漏えいの観点などからも、前の支店の情報を転勤先に持っていくのは言語道断だ。実はこの監査には裏があって、前日に課長が前にいた支店に監査があり、そこであるべき資料がどうしてもなかったため前任の課長が疑われ、そして私の支店に監査が入ったようだ。言わば狙い撃ちである。課長は案件や仕事を握りこんでしまう一番よくないタイプだった。何かのミスの発覚を恐れたのか知らないが、ずっとそういった資料を隠し持っていたのだ。

 

課長は降格処分をある程度覚悟していたようだが、降格にはならなかった。なぜあれだけ支店にマイナスをもたらした人間をまだ課長の座に留めておくのか理解に苦しんだ。一度上がった役職は簡単に降格にはならないらしい。馬鹿げている。

 

その代わりと言ってはなんだが、課長はすぐに異動させられた。支店にいた期間は、わずか9ヶ月(平均は3年程度なのでその異常さがわかるだろう)。彼は支店に嵐をもたらして、自分も嵐のように去っていった。だが、支店に吹き荒れた嵐の後片付けをするのは残された者たちだ。次に来た課長が非常に仕事のできる人だったので良かったが、やはりその爪痕は大きかったように思う。

 

ちなみにそんな彼がなぜ課長に昇進でき、エリートな支店を渡り歩くことができたのか。その理由も噂で耳にしたが、ここでは書くのを差し控える。あくまで噂であるし、仮に本当だとしても書くのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、銀行特有といってもいい非常に愚かしい理由だ。

 

そしてあの暗黒期の日々、夜に駐車場で語り合った3人は今、別の志があり全員が銀行を辞めてそれぞれ違う道で働いている。先輩は二人とも優秀な人だったので辞めてしまうのもある意味勿体無い気もしないでもなかったが、あのような銀行の闇を実際に目の当たりにして、他にやりたい仕事があるならば、留まる理由などないのかもしれない。

 

(fin)

 

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