さいちゃん、銀行辞めたってよ

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facebook上でしか知らなかった素敵な女性と運命的な出会いを果たせそうです。

以前10年前に書いたmixiは黒歴史だという記事を書いたけれど、ネット上で気軽に交流ができ、共通の趣味を通して様々なコミュニティを生むなど爆発的な人気を博していたmixiが当時僕を含め何故多くの若者に飽きられてしまったのか、はっきりとした原因は思い出せない。

 

昔好きだった女性や気になる人を検索しては、プロフィールや日記に何度も何度も足を運び、バレないように「足跡」を消す作業を繰り返すことに疲弊しすぎてしまったのかもしれない。或いは、足跡を消す回数に途中から制限がかかり、消したくても消すに消せずストーカーのようにプロフィールを訪問していたことがバレてしまった憤りから、mixi離れが加速した可能性は十分にあり得る。

 

www.saichanblog.com

 

さて、そんな当時SNSを跋扈していたmixiが衰退の兆しを見せ、そこで台頭してきたのがfacebookだったと記憶している。匿名のmixiと違い、多くの人が実名で登録し、あろうことか顔写真まで公開するという「このご時勢に気は確かか?」と疑いたくなるようなものが、なぜ人気が出ていたのか僕にはさっぱり理解できなかった。

 

しかし、僕は気づけばfacebookに登録していた。僕はmixiで友人に向けて馬鹿みたいな日記を公開することを無上の生き甲斐としていたので、誰も見なくなって無人の荒野と化したmixiの代わりに、何か発信できる場所がほしかったのだと思う。自分の居場所を探した結果、流行の中心を走っていたfacebookに登録せざるを得なかったのだ。

 

だが、mixiの日記と違いfacebookは文章を羅列することを主としたタイプではなかった。完全に語弊があると思うが、あくまで僕が最初に抱いた印象をオブラートに包まずに言うと、facebookはお洒落なカフェや旅行先、或いは買った時計や車などの写真を掲載し、友人たちに自慢して気持ちよくなることを第一の目的としていた(たぶん違う)。

 

ちなみにその自慢欲望だけを尖りに尖らせて最適の場所となっているのが、現在のInstagramである。「インスタ映え」という言葉は2017年の流行語大賞に選ばれたが、これについては僕はもはや賞賛の拍手を送りたい。

 

facebookはお洒落自慢、素敵自慢をいかにいやらしくなく、自慢風に見せずに自慢することに多少なりとも気を使わなければならない雰囲気があったが、もはやインスタは「自慢したければいくらでもするがいい。それこそがむしろウェルカムである」のような空気すらある。需要と供給が完全にマッチしていて、さらに自慢欲望の供給を極めた「インスタ映え」という言葉は、欲望の塊が言葉となってこの世に受け入れられた日本屈指の事案であると僕は推察している。

 

話が少し逸れてしまったけれど、facebookの話に戻そう。

 

facebookで衝撃を受けた話

 

昔facebookを何気なく見ていた時のことだ。僕の目にとてつもなくかわいい女性の写真が飛び込んできた。友人のいいねにより僕のタイムラインに現れたその知らない女性は、天使のような笑顔で映っていた。たぶん天使だったと思う。外で友人と遊んでいる様子なのか、その躍動感に溢れた一枚の写真に僕はとても心惹かれてしまった。めちゃめちゃかわいい、そう思った。道端で出会ったら八度見してしまうくらいかわいかった

 

すぐさま友人に連絡した。あの子は誰だい?教えてくれないかい?よければ紹介してくれないかい?と、自分でも引くくらいかなり食い気味に尋ねまくることにより得られた情報は、彼女が僕と同い年で友人の大学の同級生ということだけだった。個人情報厳守といったコンプライアンスの波は、プライベートな友人の口にまで波及していて最低限の情報しか与えてくれなかったのだ。世も末である。

 

しかし、ここにきて僕はfacebookの偉大さを感じずにはいられなかった。mixiと違ってめちゃめちゃ本名書いてあるし、何なら写真まで見られる。さらには、訪問したことがばれるなどといった足跡機能なんてものもないし、いくらでも行き放題見放題なのである。僕はfacebookに感謝せずにはいられなかった。

 

あぁ、facebook様、今まで大変申し訳ございませんでした。自慢欲望の場所とか、ふざけた第一印象を抱き続けていて誠に誠に申し訳ございませんでした。あなた様は神です。かわいい女の子のページを貪るように見に行っても何も言われないんですから。お咎めなしなんですから。あなた様は神です。facebook様は偉大です。ジーザス。

 

そうして、友人のいいねでたまにタイムラインに現れる彼女を見ては、プロフィールを訪問し写真を見尽くす悪行を何年か繰り返していた。いいや、違法なことなど何もしていない。僕は何も悪くない。

 

しかし、勿論リアルで知っているわけでもなく、それから社会人になって多忙な日々を送っていくことで段々と彼女への関心は薄れていった。facebookを見ることも少なくなり、もはや彼女の存在を忘れかけていたある日、友人から彼女が結婚した話を聞いた。あれだけ魅力的な女性なら、相当モテるだろうし素敵な男性と一緒になっていることだろう。もう時間も経っていたので、まぁしょうがないなという印象を抱いただけだった。

 

しかし、友人から次のことを聞いた。最近彼女は福岡のカフェで働き始めたらしいよと。なんとそのカフェは、僕の行きつけのカフェだった。

 

そのカフェはとてもお洒落なカフェで、店員さんはモデルを採用しているのではないかと思うほど美男美女しかいない。僕が仕事で午後休を取る日などは、いつもそのカフェでサンドイッチと珈琲を頼みゆっくり読書して至福の時を過ごさせてもらっている。

 

そのカフェで...あの彼女が...働いている...!?

一度は忘れかけていたあの彼女が、僕の前に、再び姿を現す...!?

 

これを運命と言わずして何と言うだろうか?

 

勿論、僕は既婚者であるし、彼女も結婚していることはわかっている。だがそんなことは関係ない。奇跡の上に成り立つ運命に、抗う術など、それを拒む理由など、あるはずがないだろう?

 

僕にfacebookストーカーの異名をたらしめた魅力的な彼女が僕の行きつけのカフェで働いている。そんな奇跡があるだろうか。こんな運命があるだろうか。僕らはきっと意気投合して、素晴らしい関係性を作ることができるだろう。

 

僕は次に午後休を取れた日、意気揚々とそのカフェに向かおうと思う。時は満ちた。ついに彼女と巡り会うのだ。シフトが合うかどうかはわからないが、ここまでの奇跡が回ってきた僕にならそれくらい小さな奇跡を起こすことなど何てことはない。僕の力で、必ず会える。

 

彼女を見て、僕は笑顔でこう言うだろう。

 

 

 

「やぁ、やっと会えたね。ずっと、会いたかったよ」

 

 

 

 

尚、彼女は僕のことなど知る由もない。

狂気に満ちた恐怖の物語が、今、幕を開ける。