さいちゃん、銀行辞めたってよ

元銀行員。転職 音楽 読書 日記 etc.

MENU

授業中に内職しすぎて全部失った仁義の話

私は中学時代どんな授業も真面目に聞いていたけれど、高校時代は打って変わって受験に必要のない授業は漫画の時間にしていた。

 

www.saichanblog.com

 

この記事を読んでもらったらわかるかもしれないが、漫画天国タイムから地獄鼻血タイムに落ちた話はひとまず置いておこう。ただ私は一つ否定しときたいのだが、このように漫画ばかり読んでいたわけではない。主要科目はちゃんと勉強していたし、それにこの話は高校1年の頃だ。2年生になると私はまた変わった。ただ思いは変わらなかった。授業中は有意義に過ごさねばならない。受験に必要な科目であっても、教え方がうまくない教師の授業は話を聞くより自分で勉強したほうが遥かにマシだった。そう、要は「内職」に目覚めたのである。

 

内職、始めました

 

純粋無垢の権化だった中学時代の私は、気づけば高校一年の頃にデスノート鼻血野郎に変貌した。しかし二年生になれば受験を意識して真面目に内職を始めた。これは必然的な行為だった。私は部活動をしていたし、自宅から高校までは片道一時間半くらいかかっていたので家で勉強する時間もあまり取れなかった。課題も多い学校だったのだが、家でどうしても終わらない時があった。しかしある時、教え方が死ぬほど下手な授業を受けている時に気づいた。「今、課題すればええやん」と。

 

初めは抵抗があった。漫画を読んでいた時もそうだったが、死ぬほど下手くそな授業とはいえ教師も真面目に教えてくださっているのだ。そんな中教師の目を盗んで別のことをするという非道な行為をするなんて、なんて最低なんだ。だが保健の授業中にデスノートを見て鼻血を流した私にはもう何も失うものはない。辱めは十分すぎるくらいに受けた。さぁ内職パーティーの始まりだ。

 

聞いていてもただ無駄に時間を失うだけだと判断した授業すべてで課題をするようになった。そして私にとって、内職とはメリットばかりだった。時間の無駄を課題に充てることができ、家で課題に充てていた時間を別の勉強に充てることができた。素晴らしい。効率の極みだ。

 

内職の帝王と化した私はいつの間にか三年になった。私は相も変わらず内職に勤しんでいた。だが勉強ばかりしていても疲れる。たまには息抜きも必要だ。しかし授業中に漫画を読むなどの劣悪な行為は言語道断。あの鼻血の悲劇を再び起こしてはならない。だから私は寝ることにした。

 

授業中のうたた寝ほど気持ちのいいことはない。いや、他にも本当はあるけれど。それはさておき今回はうたた寝ではなく自発的睡眠である。それは家に帰って真面目に勉強する体力を残しておくことに繋がる。私の授業中の行い(内職、自発的睡眠等々)はすべて自分によって正当化された。私自身が正義だった。今こうして考えてみれば、犯罪者の考えももしかしたら同じようなものなのかもしれない。危険極まりない思考なのかもしれない。私は犯罪者にはなりたくなかったけれど、少なくとも内職者にはなった。だが結果的に受験に成功し就職することができたので、つまり「無い職」者にはならなかった。あの頃の私はやはり正しかったのだと勝手に思っている。

 

そんな私の自発的睡眠授業に、ある日天誅が下った。私はいつも通り、英語の時間に睡眠を決め込んでいた。英語の授業の教師は目の周りに尋常ではないクマが出来ており、生徒からはパンダと呼ばれていた。「カラスヤマ」という名前なのに、あだ名はパンダである。そのパンダの授業は残念ながら理解するのが難しかった。英語を教える前に日本語が何を言っているのかよくわからないのでどうしようもなく、それにパンダの声は心地よい子守歌のようで寝るのに最適だった。

 

パンダの英語の授業は寝るか数学するかのどっちかだった。私は理系であったが英語が一番得意でありもはや授業の内容は聞かずともほとんど理解していたのだ。その日は最初に数学を勉強しようとテキストを机の上に出した。が、間もなく強烈な眠気に襲われ自発的睡眠を取ることにした。どうしようもなく眠かったのでそのまま眠りに落ちた。

 

すると急に私の机の上でドンと大きい音がした。驚いて顔を上げると、パンダが鬼の形相でこちらを見ていた。パンダは私の机の上にあった数学のテキストを取り上げ、ドンと落としたのだ。そこで私は己の過ちに気づいた。英語の時間中に数学のテキストを出して堂々と寝ていたのである。内職の帝王として恥ずかしいミスである。パンダは教室を歩いて私の隣に来た時にそれに気づいたようだ。

 

しかしパンダは誰が見ても激昂するタイプではなく、穏やかなタイプだ。しかしその時はあまりの怒りに顔が真っ赤になっていた。パンダが怒っているところを誰も見たことがなかった。今初めて見る、パンダの怒り。これはヤベェ、そう悟った。

 

パンダは少しの間こちらを睨みつけていて、そして教壇に戻った。事なきを得たかと思ったのも束の間、パンダは教室はおろか全フロアに響き渡るような怒声を私に浴びせた。

 

「仁義ってもんが、あるでしょうがーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

耳をつんざくその大声に、私はビビるしかなかった。パンダこええとビビった。クラスのみんなが私の方に視線を向けていることがわかった。私は何も言い返せなかった。どう考えたって分が悪い。英語の時間に数学のテキストだけ机に出して寝ていたら、さすがに言い逃れできない。パンダは他の何を許しても、仁義を欠いた行為を許せなかったのだ。

 

しかしパンダはそれ以上何も言わず、何事もなかったかのように授業を再開した。私は数学のテキストを机の中に直し、そして気づいた。英語のテキストを持ってきていなかったことに。最低である。私はそれから何も机に出さず、ただただ目を閉じて、仁義を欠いた自分について思いを巡らし瞑想するしかなかった。私は仁義を失っていた。仁義を欠いちゃあこの世は渡っちゃいけねえんだと、白ひげも言っていたのに。

 

仁義。確かにパンダ大先生の言うとおりだ。仁義は欠いちゃあいけない。だけど内職したおかげで学力も保てたし希望通りの大学にも進むことができた。代わりに仁義は失ってしまったけれど。あの日あの時あの場所でパンダが言ってくれたから、私は仁義についてこんなに考えることができた。パンダから教えてもらったのは英語ではなくて仁義だった。

 

しかしそれでも、私は内職したことを後悔していない。言い訳するわけではないけれど、受験戦争は仁義なき戦いなのだと思う。吐きそうになるくらいのプレッシャーに耐え、知識という知識を詰め込み、そのすべての勉強の成果を発揮させる戦争の場だ。

 

そんな死に物狂いの戦争の場をすり抜けて、東京医大に裏口で息子を入学させるなんてのは、仁義を欠いたどころの騒ぎではない。文科省の元局長にも、パンダ大先生から一言言ってもらった方がいいんじゃないの?まぁ逮捕されたから必要ないかもしれないけれど、仁義なきクソ野郎の私に言われるようじゃエリート官僚もおしまいでございますことよ。

文科省汚職:容疑は東京医科大に便宜の見返りに息子合格 - 毎日新聞

 

(fin)