さいちゃん、銀行辞めたってよ

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私だっておじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩いていたいんだよ

先日ツイッターを見ていたら昔の友人が手を繋いでいるおじいちゃんとおばあちゃんを見て幸せな気分になったと呟いているのを見て、まったくもって共感したものだからこんな記事を書いてる。

 

ツイッターアカウントについて

 

先にツイッターのアカウントについて説明すると、私のアカウントは大学の頃に作ったもので、社会人になってから下手に仕事のことを呟いて情報漏えいなど大変なことにならないように鍵をかけて放置していた。その後だんだん呟かなくなってまったく更新が途絶えてしまっていたのを今更ながら再活用している。アカウント名を変えて、過去の4000以上のツイートも全部削除して心機一転ブログ用アカウントとしたのだけれど、過去フォローしていた友人たちは一部そのまま残っている人もいる。

 

冒頭の友人は大学の友人で、今ほとんど彼女も呟くことをしていないから気まぐれ程度にしかツイッターを開いていないと思うし私もアカウント名が変わっているのでたぶん私を私と認識していないだろう。「時々タイムラインに流れてくるこの変態は誰だろう本当に気色悪いんだけど死ねばいいのに」くらい思われててもおかしくない。だから私が彼女の呟きを受けてこんな記事を書いててもたぶん気づかないだろう。むしろ気づかないでいてもらいたい。もうなんかこのブログはあまり知り合いに見られたくないブログと化してしまった。

 

それでは本題へ

 

話を最初に戻すけれど、私も時々、公園などを歩いている時(私は公園が好きだ)などにおじいちゃんとおばあちゃんが仲良く手を繋いで歩いている光景を見ることがある。おじいちゃんはだいたいお洒落な茶色のハットをかぶっていたり、素敵なステッキを持っていたり、おばあちゃんは綺麗な白髪でしわしわな微笑をたたえておじいちゃんに寄り添うように歩いていたり、そんな光景を見ると「あぁ、素敵だなあ。私もあんな風になりたいなぁ」なんて思う。なんというか、心が洗われてほっこりとする。春の訪れを感じるような幸福感が胸中に広がる。そして自分もあんな風になれるだろうかと。

 

ここ最近の私のブログを見て、貴様はいったいどの口でそんなことが言えるのだと憤慨する人が多数いるかもしれない。結婚二周年記念日にのろけに近い記事を書いた時は理想の旦那像として取り上げてもらったりしたこともあるのだが、

 

www.hatoko8105.com

 

それ以降私の書く記事といえば妻に内緒で行ってきた悪事の数々。記事を書けば書くほど低劣極まりない私の人間性が露呈されていっていることに薄々気づいていた。そろそろ嫌いな旦那像として取り上げられること間違いない。

だけどここで私は名誉挽回のために弁明しておきたいのだけれど、私の良いところを自分で挙げるとするならば、私は一切ギャンブルをしないし一切タバコも吸わない。人生で一度もパチンコやスロットに行ったことがなく、タバコも一本も吸ったことがない。社会経験に乏しい人間なのである。先に言っておきたいが別にギャンブルやタバコを否定したいわけではない。

 

単純に、妻が私のそういうところが良いと言ってくれるのだ。たとえばパチンコやタバコも好きな女性からすれば、私のような人間は「何も面白くないし刺激のない人間なんかつまらない、ってかなんかもう生理的に無理」とか言われるだろう。私の妻はその逆パターンの人間だったので命拾いしているというかそれが功を奏している。

それが証拠に実際のところ、私たち夫婦の仲は正直とても良い。まったくもって仲良しだ。今は事情により内心妻に怯え夜も眠れぬ日々が続いているのだが、少なくとも一緒にいる時は仲良しだ。

 

www.saichanblog.com

 

私たちはきっと、子供が少し大きくなって歩けるようになったら、間に子供を挟んで3人手を繋いでお出かけするだろう。一緒に階段をゆっくり一段ずつ降りて、最後の一段は「せーの」でジャンプするだろう。子供が大人になって家を離れた後も、私たちは一緒に歳を重ねていく。「もう決めたもん。俺とお前50になっても同じベッドで寝るの」なんて歌を口ずさみながら、50どころか60になっても70になっても同じベッドで隣で寝たい。そして80歳になっても手を繋いで公園を歩く。

 

そんな夢を、実のところ描いている。私は結局平和主義者なのだ。何でもない日常が続いてくれればそれでいい。なんだか少し、ほのぼのとしたことを書くじゃないかと思った人もいるかもしれない。なんだこいつ、ついに好感度アップに走ったかとも思われるかもしれない。いいや、違う。いや、そんなつもりはまったくないかと言われると否定はできないけれど。むしろ好感度上げたい気持ちしかないが。

 

まぁ結局、何が言いたいかって言われると最初に戻るけれど、私だっておじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩いていたいんだよ。ただそれだけ。ただそれだけなんだ。

 

(fin)