さいちゃん、銀行辞めたってよ

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10年以上会っていなかった幼馴染と、いつかまた屈託無く話せる日がやって来るだろうか。

自分の幼馴染がタッチの南ちゃんのような美少女であれば、どれほど人生が輝いたことだろうとこれまで生きてきた人生の中で軽く100回は思ったけれど、そんな奇跡は僕の人生では起きてくれなかった。だけどそんな僕にも、幼馴染はいた。2歳年上のY君だ。

 

幼馴染の定義なんてものは知らないけれど、物心ついたころには僕はY君と毎日遊んでいた。歳は上だけれど、友人でもなく、先輩でもなく、やはり幼馴染と言うのが一番しっくりくる。家はすぐ近くに住んでいて、外で基地を作ったり、家でゲームをしたり、毎日朝早く起きてY君と会っては日が暮れるまで遊んでいた。

 

当時はゲームボーイやスーパーファミコンが流行っていた時代で、マリオやぷよぷよ、ドラゴンクエストやファイナルファンタジー、クロノトリガー、ヨッシーアイランド、星のカービィ、...例を挙げたらキリがないけれど、主要なゲームはほとんどY君と一緒にクリアした。

ファイナルファンタジーVでガラフがHP0になっても身を挺してエクスデスと闘う姿に心が震えていた時、隣にはY君がいた。ドラゴンクエストVでパパスが子どもを守って死んだ時だって、隣にはY君がいた。いつも心から安心して遊べて頼りになる存在、それがY君だった。

 

僕が小学校5年生の時、Y君は中学生になった。僕は相変わらず子どもだったから、家が近いY君の家によく遊びに行った。Y君はこれまでと違って制服を着ていたりもしたけれど、変わらず遊んでくれていた。

 

時が経ち、僕は中学生になった。Y君は同じ中学の三年生だった。

一年生と三年生の階は違ったけれど、人数も多くない小さな中学校だったのでY君と顔を合わせる機会は多かった。最初のうちは僕からY君に声をかけることも多かったし、向こうから声をかけてくれることもよくあった。だけど僕らの関係には、少しずつ変化が見え始めるようになる。

 

僕は部活に入り、友達も徐々に出来てきてそれなりに中学校生活を楽しみ始めていた。学年関係なく「みんなが友達」だった小学校時代と違い、「先輩」と「後輩」の関係が明確化したのが中学校だった。僕は部活をやっていたこともあって、手探りながらも少しずつその文化に慣れようとしていた。

僕の中学校では先輩のことを「~先輩」という部活もあれば、「~君」と呼ぶ部活もあって、それぞれで暗黙のルールのようなものが存在した。僕が入っていた部活は後者だったので呼び方自体では小学校の上の学年の人たちを呼ぶ時と変わらなかったけれど、代わりに敬語を当然のように使うようになった。

 

当たり前といえば当たり前だ。そうやって少しずつ敬語を覚えていったし、先輩と後輩の立ち位置や関係なんかも自然とわかっていったと思う。そんな時、僕はY君といつもと同じように接することができなくなったことに気づいた。

 

Y君とは小さい頃から毎日のように遊んでいて、当たり前のようにタメ口で話していた。だけど、少しずつ先輩と後輩を学び、目上に敬語を使うことが身についていく中で、僕はY君にタメ口で話すことに違和感を感じた。Y君は幼馴染とはいえ、2つ年上の先輩だ。自然と話していたタメ口も、違和感を感じながら話すようになった。いつしか僕は、タメ口と敬語が入り交じった変な話し方をするようになった。

 

昔からの習慣や染み付いていたY君との接し方は、中学校の文化に順応しようとする成長の段階で妙な違和感を抱き、変わっていった。

 

考えてみればそんな違和感を感じる必要も無かったのに。僕らは昔ながらの幼馴染で、タメ口で話して、何の問題もなかった。誰も咎める者なんていやしなかったのに。

 

だけど、少しずつY君と接するのが僕の中で難しくなったのは確かだ。Y君はそんな僕の変化もきっとわかっていただろう。Y君は美術が得意で、僕はとても苦手だったので休みの日なんか家に来て教えてくれていたりした。僕の家でY君と二人でいる時、僕は自然と昔のようにタメ口で話していた。だけど学校だと話せなくなる。そんな自分にも気づいていた。

 

当時は気づかなかったけれど、今ならはっきりとその理由もわかる。僕は思春期の真っ只中にいて、身体も心も成長しようとする過程の中にいて、少しずつ、人から見られていることを意識するようになっていた。人の目を気にせず誰とでも話して何でもやっていた小学校と違い、人にどう映るのか、今どういう風に行動すべきなのか、誰と一緒にいればよく映るのか、なんだかそんなことを少しずつ考えるようになっていったように思う。Y君に関しても同じだ。学校にいる時、先輩とは敬語で話さなくちゃいけない。それは幼馴染に適用しないといけないルールでも無いのに、外から見られている時の自分を意識してこうあるべきだという不必要な縛りに囚われて、自然とタメ口で話せなくなっていたのだと思う。

 

それからまた時が経ち、僕は高校生になった。僕とY君は相変わらず近くに住んでいるにも関わらず、学校も違い生活習慣も異なったため会うことは皆無になっていた。自分から会うこともなく、Y君から連絡が来ることもなかった。互いに自分のことで精一杯だったのだろう。僕は高校生活の激動に馴染もうと必死だった。勉強も部活も全力で、その頃の僕の頭にはY君の存在などありもしなかったと思う。

 

Y君は高校を卒業後、自動車の下請け会社に就職して遠く離れた愛知に住んでいることを親から聞いた。そして数年後、会社に馴染めず地元に帰ってきたことを、僕が社会人になった時にまた親から聞いた。「地元の弁当屋で働いてるんだって」と親は言っていた。

 

その時になってようやく僕は何ともいえない気持ちになった。小さい頃、毎日のように遊んでいたY君。いつの間にか言葉を交わすことも少なくなり、会うことも無くなってから、10年以上が経っていた。僕は一度地元に帰っているときに、Y君が弁当屋で働いているところをウィンドウ越しにたまたま見たことがある。その時少し心が締め付けられるような感覚を覚えた。そして僕には話しかけに行く勇気も無かった。

 

今更何を話せばいいのだろう。遠い愛知に就職して、馴染めずリタイアして地元に帰ってきた幼馴染に、何て声をかければよかったのだろう。僕は黙ってその場を後にした。きっともう、会うことも無いかもしれない、そう思った。

 

だけどそれは違った。それからまた数年後の今になるけれど、つい先日、僕は地元に帰っていて、家の回覧をY君の家に持っていくように親に頼まれた。もしかしたらY君がいるかもしれないと思ったけれど、ポストに入れて帰れば会うことはないだろうと思って回覧を持っていった。

 

すると、たまたまY君が玄関に出てきたのだ。僕は勿論、すぐにY君だとわかった。だけど向こうは一瞬、僕のことが誰だかわからなかったのだろう。何しろ10年以上会っていないのだ。およそ2秒、間があった。この2秒というのは本当にリアルな間だった。僕を見て、脳が僕を僕だと認識し、そしてリアクションを考えるまで。

 

気まずさはあった。だけどY君は、昔のように元気に話してくれた。本当に久しぶりだったけれど。「私生活は順調か」とY君は聞いた。「うん、色々あるけど、なんとかね」僕はそう答えた。僕は結婚して子どももいたけれど、きっと親を介してそんな情報も知っていただろうから、具体的には話さなかった。Y君が独身なことを僕が知っていたように。

 

話した時間は5分ほどだった。それがおそらく間を保てる限界の時間だった。僕らの間に自然と生まれてしまっていた壁と歳月を溶かすには、まだ心の準備と時間を要するのだ。

 

だけど意図せず話したことにより、帰ってから僕は懐かしさがこみ上げてきて、また昔のように戻れるだろうか、なんてことを思った。もう互いに歳を取ってしまったけれど、屈託無く話せるようになる日がくるだろうかと。

 

10年以上会っていなかった幼馴染と話した5分間、その間は少なくとも、僕らは自然とタメ口で話していた。時間はかかるかもしれない。気恥ずかしさもある。だけど小さい頃同じ時間を過ごした仲であることは、一生変わることはない。またいつか、そんな日がくることもあればいいなと願うだけではいけないのだけれど。

 

(fin)