さいちゃん、銀行辞めたってよ

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ブログを書いていれば勝手に成長するもんだと思ってたけど下手したら昔の方が良かった

ブログを始めてはや6ヶ月が経過した。本当に何となくの勢いで始めたけれど、最初は文章を書くのがただ楽しかった。

ブログを続けるうちに読者も少しずつ増えてきて、こんな私と絡んでくれる人もいてくれて、ブログの楽しさというものが「文章を書くこと」だけでなくて「人と人との繋がり」も感じられるようになってきた。

 

これは嬉しいことだと思う。別にたいした情報なんか発信してないけど、読んだよーって反応を貰うのはこれは今も嬉しい。たぶんいつになっても嬉しいと思う。

 

ブログはリライトが大事だと言うけれど、私のブログは7割程度日記みたいなものなので別にリライトするほどの価値あるものがなく、ほとんど放置している。だけどまぁ半年経ったから振り返りも兼ねてブログを開設した3月とか4月の記事を読んでみた。

 

半年前の自分の記事を見て

 

そしたら、自分が当初書いていた文章がとても素直だった。たぶん多くの人に読まれることを想定していない文章。改行もでたらめ、ただひたすら「書くことだけ」を意識していた頃。

 

「ブログを書いてしばらく経ったら昔の記事を読み返して成長を実感しましょう」みたいなことがブログの教科書みたいに語られているのを見るけれど、私の場合は昔の方が良かったんじゃないかなぁと感じた。

 

文章を書くことを純粋に楽しめていたと思う。昔の記事を読んでて思う。「あ、これ楽しみながら書いてるなぁ」って。ワクワクしてた感じ。なんかちょっと今と違う。

 

今も別に楽しいと思う。だけどなんか違う。半年経って少しずつ読者さんも増えてきて、ツイッターでブロガーさんや金融関係の繋がりもできて、少しずつ無意識に人から読まれること、どう思われるかというのを意識している。それはおそらく自然なことなんだろうけど。

 

ただ、「おそらく自分はこういうイメージ像をもたれているからこの表現やめとこう」とか余計なことを考えて、全然筆が進まなかったりする。こえー。自分で勝手に自分のイメージ像を作り上げて、そのイメージに囚われたりしているということ。こえー。記事を書く上で読んでくれる人のことを最大限配慮することは大事だと思うけれど、それは配慮とは違う。自分で勝手に囚われているだけだ。

 

たとえば最近ツイッターも楽しくやっているけれど、前職の銀行関係のこととかツイートしてたら金融関係の人もフォローしてくれる。そうすると「銀行関係のことも定期的に呟かないとがっかりさせちゃうな」とか変に申し訳なさを感じて、記憶を堀り出してツイートしたりする。こえー。囚われちゃってるわー。

 

ただ自由に書いていきたい

 

なんかもっと羽を伸ばしてブログを書きたいし、ツイートも思うがままにしていきたい。別にやらなくてもいいブログをわざわざ自分で立ち上げて、自分で勝手に作り出したイメージに囚われて疲れてしまうなんて悲しいし虚しすぎる。昔は1記事あたりの文字数とか全然気にしてなかったなぁ。日記を書く時は別に500字で終わっても全然いいと思うんだけど。

 

ちなみにだけど、今はけっこう初期の頃のように文章を書いてる。たぶんさっき自分で見てきた自分の昔の記事に感化されてる。感化されやすい自分あっぱれ。

 

そして思うこと。楽。すらすらと筆が進む。いちいち記事の構成とか面白い文章とか考えないで、ただ書くこと楽しいわーって感じ。まぁたまにはいいでしょう。

 

ブログは自由に書く。書きたいと思ったことを素直に書く。それでいいよなぁ。別に何かを目指して始めたブログでもないわけだし。今日の自分は今日の自分。明日の自分は明日の自分。何か違ってるかもしれないし、変わらないかもしれない。その日の気分で書くことや文調や雰囲気が違うかもしれない。別にそれでもいいよなぁと、ただそんなことを思うわけです。以上。

 

(fin)