さいちゃん、銀行辞めたってよ

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時々思い出す、忘れられない先生がいる。

小学校、中学校、高校と、多くの先生に出会ってきた。厳しい先生もいれば、優しい先生もいた。中には変わった先生もいたけれど、その中に一人、今でも忘れられない人がいる。それは中学の国語の先生だった。

 

その先生はいつもみすぼらしい格好をしていて、いかにも気弱そうだった。まったくもって教え方が上手くなかった。というよりも、そもそも人に話を聞いてもらう才能が圧倒的に欠けていた。声が小さく、何を話しているかもよくわからなかった。30人弱のクラスの中で、まともに話を聞いていたのは5人もいなかったかもしれない。

 

僕の中学校は本当に田舎にあって、そんな環境で育ったからか同級生たちは真っ直ぐな連中ばかりだったと思う。先生のことは「~先生」とちゃんと先生を付けて呼ぶ真面目な生徒が大半で、たまにちょっとヤンチャぶった連中が苗字で呼び捨てにして呼んだりすることはあったけれど、それは思春期の頃にちょっと目立ちたいと思ったり悪ぶってみたりする類のもので、今思えばかわいいものだったように思う。

 

そんな中、その国語の先生だけはみんなに下の名前で「やすお」と呼ばれていた。勿論、先生に向かって直接「やすお」と言う人はいなかったけれど、生徒の間では呼び捨てで呼ぶのが普通だった。仲が良いから、というものではない。嘲笑や軽蔑、心の中に潜むそんな感情を吐き出すように、「やすお」と呼ばれていたのかもしれない。

 

僕が中学2年の時のクラスは同級生たちの間でも特に元気活発で、やんちゃで好奇心旺盛な人たちが集まったクラスでとても楽しかったのだけれど、国語の時間だけは悲惨なものだった。みんな普段はちゃんと授業を聞くのだが、国語の時間は誰も先生の話を聞かず、好き勝手に友達と話をしていた。騒がしくて、やかましくて、とても授業と呼べるものではなかった。それでも先生はずっと話をしていた。気弱な顔で、少し悲しい顔をして、時々面白くないジョークを言いながら、ずっと話を続けていた。

 

僕は少なくとも、そんな先生の話をずっと聞いていた。ただ、別に何かを学ぼうとか評価を上げようとか、そんなことではない。何を話しているかよくわからない授業を聞きながら、この人は何で先生を目指したのかなとか、もっとちゃんとした先生が来てくれないかなとか、そんなことをぼんやり考えていたように思う。聞こえてくる言葉を右から左に流すように、ただその空虚な時間を過ごしていただけだ。

 

きっと先生には、とてつもないストレスがあったと思う。生徒は授業を聞いてくれず、「やすお」と馬鹿にされて呼ばれていることにも気づいていただろう。

 

僕は部活の朝練でほとんど毎日朝早めに学校に来ていた。だけどそんな僕よりも早く、いや、もしかしたら誰よりも早く、その先生は学校に来ていた。どこに住んでいるのかとか、そんな情報はまったく思い出せないのだけれど(もしかしたら誰も聞いていないのかもしれない)、灰色の古いセダンの車に乗って学校に来ていた。

 

僕がそれを強く覚えているのは、外に大きく聞こえるくらいの爆音で、いつも車から音が漏れていたからだ。車も振動で震えていた。先生は車の中にいた。音楽を聴いていたのかラジオを聴いていたのかはわからないけれど、何かをかき消すかのように、先生は車の中で何かを聴いていた。何を思っていたのか、その先生の心中は今もわからない。

 

ある日、そんな先生も転勤する時が来た。転勤する先生は全校生徒が集まる中で挨拶するのが慣例で、その先生の番も漏れなく回ってきた。僕らは授業をまともに聞いていなかったことに起因する少しの申し訳なさと、何を語られるか分からない怖さと、どこかで楽しんでいる好奇心が混じったような、そんな感情で先生の言葉を待った。

 

何を話されても仕方ないかもしれない。大半の生徒は他の先生の授業はちゃんと真面目に聞いていたのに、「やすお」の授業だけは全く聞かずにふざけていた。僕らの文句をぶちまけられるかもしれない。「私にとっては最低の学校でした」そんなことを語られても仕方ない。

 

だけど違った。その時の先生は、いつもよりしっかりした、はっきりした声で語った。

「この中学校は、最高でした。真面目で、思いやりがあって、本当に良い子達ばかりです。みんなとても良い子ばかりでした。この中学校は素晴らしい。こんな学校を去るのは残念ですが、みんなこれから大きく成長して欲しい。何度も言いますが、この中学校は最高でした」

 

そんなことを、僕らが想像した真逆のことを、語ったのだ。僕は泣きそうになったことを覚えている。あの時、先生はどんな気持ちだったのかな。あの時語った言葉たちが、先生の本心ではなかったことはわかる。先生だって辛かったはずだ。僕は申し訳なさに襲われた。今思い出しても苦しくなる。

 

先生はどんな思いでそんな話をしたのだろう。そう語ることで、僕らが罪悪感に包まれることを予想したのだろうか。それとも或いは、先生は全てを飲み込んでそんな僕らのことを最後に許してくれたのだろうか。

 

あれから15年が経つ。大人になった今も、先生の真意がわからないまま、本当に時々だけど、あの時のことを思い出す。先生、今は何をしているのだろう。あの時語った言葉の本心だけでも、最後にもう一度授業してくれないだろうか。

 

(fin)