さいちゃん、銀行辞めたってよ

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3年連続宅建を申込みしておきながら受験「できなかった」話

私は昔から試験勉強が得意で、高校まではだいたい学年1位を取ったり取らなかったりするくらいの成績をキープしていた。大学に入ってからは同じような連中ばかりでたいした好成績も取れなくなり、結局自分は凡人だったと気づかされ、代わりにテニスに明け暮れ、空いた時間全てをバイトに費やし、必死に貯めて買った念願の中型バイクを友人に貸したら事故って大破して返ってきたという、悲しい過去を持つ。

 

話は逸れてしまったが、とにかく昔は試験勉強が得意だった。それは社会人になってから大きく力を発揮した。私は以前銀行で働いていたのだが、銀行はとにかく資格試験が多かった。生保やら証券外務員やら、資格を取らなければそもそも幅広い金融業の仕事ができないからだ。

 

そして私は何を思ったか必要以上に資格を取りまくった。「銀行業務検定」という銀行でしか役に立たぬその資格、その法務2級、財務2級、税務2級(2級が最上級だ)を同期で誰よりも早く取得し、社内通達に載ったこともある。後に転職し、銀行を離れた今は当然死ぬほど役に立っていないのだが。

 

だが社会人になってからはもはや資格を取ることが趣味になっていた。しかしどうせ取るなら役に立つ資格がいい。日商簿記2級もFP2級も取っていたので、宅建を目指すことにした。それが銀行2年目の頃だ。

 

宅建とは「宅地建物取引主任者」資格試験の略称で、不動産業や金融業でこの資格を持っていると正直かなり役に立つ。不動産に関する権利(例えば抵当権など)も知識として学べるので、銀行で働く上で勉強していて損はない。だがどうせ資格を取るならと、同期と一緒に試験を目指すことにした。

 

私には同じ店舗に入った同期が他に2人いて、同期3人はとても仲が良かった。男が2人で女が1人。何かが起きそうな雰囲気を持つ「男が2人と女が1人」。しかし残念ながら特に何事もなく、ただただ仲が良く、今でもよく連絡を取り合う。その男の方の同期は、先日書いた桜島の記事にも登場し、絶望しあった仲だ。

 

受験一回目

 

その彼と一緒に宅建を受けることになった。当時私たちは燃えていた。「同期で誰よりも目立ってやろうぜ!俺たちが頂点に立つんだ!」そんな野心に燃えていた。そんな熱い2人が、一刻も早く銀行を辞めようと思うようになるのに、それからそんなに時間はかからなかったのだが、とにかく当時は燃えていた。

 

だが宅建という資格はそう易々と取れる資格ではない。合格したら会社から5万くらい報奨金がもらえるような難易度の高い資格だ。合格するためにはそれなりに勉強しなくてはならない。私たちは仕事が終わってからファミレスで一緒に勉強することにした。

 

私たちはしかし、当たり前といえば当たり前の「2人でいると話してしまう」無限スパイラルに陥った。私たちはよく一緒にファミレスに行ったが、だいたい話をしてしまうか、疲れて寝るかのどっちかだった。まごうことなきゴミくずだった。そんな甘えた私たちが受かるわけがない。次第に勉強もしなくなり、7000円という高い受験料を払ったのにも関わらず、受験会場にすら行かなかった。クソ雑魚ナメクジだ。

 

受験二回目

 

その翌年、私は次こそはリベンジしようとまた宅建に申し込んだ。宅建は年に1度しかない。とりあえず申込んでやる気を奮い立たせようと思った。私を誰だと思ってる。数多くの資格試験を突破してきた。そんな私が宅建ごとき受からないわけがない。

 

だが社会人3年目になると、仕事の責務も重くなり忙しくなった。当時法人営業をしていて、数多くの幅広い仕事、難渋な案件、そして襲い掛かる無限のノルマ。毎日遅くまで残業して、帰ってからも仕事の勉強をしていた。多忙すぎる仕事をさばいていくために、宅建の勉強よりも仕事の勉強せざるをえなかった。だがこれしきで挫けるわけにはいかない。少しでも時間を見つけて勉強した。そして試験当日、多忙すぎるあまり休日出勤せざるを得なくなって受験会場に行けなかった。こんな会社は滅んだ方がいい、いや滅ぶべきだ、そう思った。

 

受験三回目

 

私は社会人4年目になっていた。一年前とは違い、業務は増えたがスキルアップした私は仕事に余裕も生まれていた。三度目の正直だ、次こそは宅建に受かる。必ず受かる。

 

そこで今回は後輩を誘った。後輩は素直でいい奴なのだが、勉強は苦手なタイプだった。たぶん間違いなく試験の勉強などしたくない後輩だが、「先輩」という権限をフル活用し一緒に受験することになった。

 

私たちは毎日出勤前の朝にマクドナルドで勉強し、仕事が終わってからも時々ファミレスで勉強した。やはり三度目は違う。これが過去を乗り越えてきたキャリアというやつか。もはや受かる気しかしなかった。

 

宅建の受験は毎年10月の第3日曜日に実施される。9月からはラストスパートで追い込みの時期になる。そう、その大事な追い込みの時期に、転勤が決まった

 

しかも本店だ、まさしく栄転。だが、銀行は異動の時期になると飲み会ラッシュになる。しかも今回は自分が異動する番だ。一緒に働くグループでの飲み、支店での飲み、他の支店の人との飲み、お客さんとの飲み、ありがたい話ではあるが繰り返される送別会。そして転勤後の歓迎会、グループでの飲み、引き継いだお客さんとの飲み、飲み、飲み。いや飲みばっかじゃねえか!

 

本気で3週間くらいほとんど飲んでた。ラストスパートの追い込みの時期に勉強なんて一切しなかった。そして私は思った。もう、宅建、ええわ私の頭にインプットされるべき知識全てはエチルアルコールに入れ替わった。受験するやる気も全て酒に溺れていった。いいや、私自身が、宅建を受験できない運命の闇に、溺れていったのだ。

 

私は宅建の資格を望んでいたが、宅建は私を望まなかった。運命に引き裂かれた、ただそれだけのこと。そんな運命もある。私から解放された後輩も私の後を追って受験しなかったらしい。そんな運命もある。

 

そして、私と一緒に受験しようとして一緒に地に落ちる運命を辿った同期と後輩が、後に超難関資格「ファイナンシャルプランナー(FP)1級」に合格したという奇跡の物語は、また、別の、運命の話。

 

(fin)

 

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