七回目のカタルシス

日々の記録と記憶

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大学の旧友たちと久しぶりに会ったら人生詰みかけていた

大学の旧友たちと飲みに行ってきた。会うのはかなり久しぶりだった。彼らの一人と連絡を取り、近くにいるメンバーも呼ぶことになったのだ。

かつて心を許しあった友といえども、不思議と会うのは緊張した。彼らが僕の歩んできたその後の人生を知らないように、僕も彼らの歩みを知らない。彼らが今どのようにして生きているのか、皆目わからなかった。どんな話が飛び出てくるかわからない。

 

結論から言わせてもらうけれど、全員が各々に不幸だった。十人十色という言葉がある。人生にはそれぞれの色があっていい。だけど僕には、彼らの色は一様に灰色に見えた。僕は会場を間違えたのかもしれない。「不幸自慢選手権」の会場に迷い込んでしまったのだ。僕の彼らに会った最後の記憶はこうだ。

 

A(男):大学院を卒業後、付き合っていた彼女と結婚。一生大切にすることを決意し、彼女の地元である福岡に就職。その後二人の間に男の子が生まれ、仲の良い義理の両親と一緒に住み面倒を見ていくことを考え二世帯住宅を購入。順風満帆の人生かと思われたが、住宅完成間際になってまさかの離婚。家、子供、金、様々な問題が彼につきまとっている。

 

B(男):理学部に入学し、四回生になって進路に悩み中退。その後、センター試験から同大学の医学部に入りなおす。しかし医学部といっても医学科ではなく看護系。おそらくまだ学生のはず。

 

C(女):文学部を卒業し、就職せずに院に進む。教職免許も取っていたが、大学教授を目指していた。その後なんの連絡も誰とも取っておらず、結局いま何をしているのか、そもそも卒業したのかも不明。一番謎に包まれている。

 

さて、ここまで書いてもう既に怪しい。彼らがいまどのような人生を辿っているのか、興味と好奇心はあれど、聞いてしまっても大丈夫なのだろうかと不安と緊張の気持ちが混ざりあっていた。僕らはアラサーだ。本来ならば社会人経験を相応に経験してないといけない。

 

 

 

そんな自分でもよくわからない感情のまま、飲み会がスタートした。

 

開始早々、CがAに言った。「久々だね。あれ、指輪してないんだね」

AがCにこう返した。「おう、離婚したからな」

 

カーン!不幸物語開始のゴングが会場に鳴り響く。乾杯から2秒後のことである。僕とBはAの離婚話までは聞いていたが、Cは知らなかったらしく、わかりやすく動揺している。

 

「え、えぇ...いやごめん、ほんとに知らなくて、全然イジりとかそんな類のものじゃなくて、いや、前会った時は仲良さそうだったし、てっきり今も円満かと...。あ、ごめん。そういう意味じゃなくて。いやちょっとわけわかんない」

とテンパってフォローも意味不明だ。

 

Aが離婚したのは2年ほど前だ。そういう反応はもう慣れているらしく、気にするなと落ち着いて答えている。家庭の問題なので離婚の原因について細かく書く気はないが、Aは僕が出会ってきた人たちの中でもかなり良いやつなので、良い旦那であり良い父親だったと思う。離婚といっても夫婦だけの問題じゃないし、色々あるものらしい。

 

不幸なのは彼の現在の状況だ。彼の元妻と子供、義理の両親は彼名義で建設した家に住み、彼自身はひとりでアパート暮らしという悲惨な状況だ。さらに全額ではないが住宅ローンと、養育費も払っている。貧窮極まってる。神も仏もいない。

 

次にBの話だ。

僕はAとBと3人で1年前に会う機会があったのでその時になんとなくは聞いていたのだが、その時はまだ学生だった。聞くのも恐ろしい気がしたが、誰が言い出したのかもわからない「ところでBは何やってるんだ」の声に、息をのんで返答を待った。まだ学生なのか、それとも卒業して病院などで働いているのか。Bは答えた。

 

「ピザ屋で配達をしている」

 

ピザ屋で配達

 

思わぬ回答を脳裏で反芻する。言葉をうまく咀嚼できない。

 

聞くところによると彼は無事卒業はできたものの国試に落ちてしまい、今はピザ屋で配達のバイトをしながら次の国試に向けて勉強をしているらしい。ピザの運び方を覚える前にもう少し人生の運び方を考えた方がいい。「お前、国試は本気で勉強したんだろうな」とは聞かなかった。もう落ちたものをとやかく言っても仕方ない。大切なことは次こそ受かることだ。「配達だけじゃなくてちゃんとピザも作れるんだぜ」という戯言が聞こえた気がした。

 

最後にCの話である。

Cと最後に会ったのは5年前で、まだ学生をしていた。もう卒業はしたのだろうか。彼女は卒業をしていないといった。まだ今も学生らしい。なぜだ。

修士課程は通ったそうだが、その上の博士課程で躓いているとのこと。

「わたしだって卒業したい!でもできないんだよ!」と嘆いていた。

博士課程の論文はそれなりに高度なものが求められるらしく、彼女はそこで人生初の挫折を味わっていて、何年も留年を繰り返し今は非常勤として高校で国語を教えて生活費を稼ぎながら慎ましく卒業に向け勉強しているようだ。

卒業できたとしてどうしたいんだと聞いてみたが、就職したいわけでも教授になりたいわけでもないようだった。じゃあ何がしたいんだ。彼女は言った。

 

「私は吟遊詩人になりたい」

 

私は吟遊詩人になりたい

 

僕は冷静に耳を疑った。彼女の夢のある発言に対し僕はそれをスッと受け入れるための経験値を持ち合わせていなかった。僕の中にある吟遊詩人はファイナルファンタジーの職業でしか知らない。彼女は続ける。

 

「世界中を旅しながら詩を歌い続けるって素敵じゃない?」

 

もうダメだ。僕は思った。でも心のこもっていない声で素敵だと思うと答えた。夢を否定する権利など、誰が持っているというのだろう?

でもお前、まずは現実的に今の状況をみような、そんな話をした。まずはBは国試に向けて全力で努力すること、Cはとりあえずここまできたらせめて卒業するために頑張ることをAと共に説いた。いつまでもモラトリアムを延長し続けている場合ではない。

 

彼らの近況はこんな感じだ。結果的にいろんな話が聞けて良かったが、心配も不安も大きく残る。Aは離婚していまはひとりが楽しいと言っていた。肩の荷が少し降りたように笑っていた。「終わりよければすべてよし」だと。これから良くしていけばいいのだと。ここからが踏ん張りどころだなと話した。

 

一度どん底を味わった人間は強い。最悪な経験を乗り越えたら人生を這い上がる力が身についてる。はずだ。要は乗り越えれる力があるかどうかだ。そのまま這い上がれずに人生詰まないことを祈る。

 

次に会うのが半年後か5年後かわからないけれど、どう変わっているのか、良い方向に向かっていることを少しばかり期待して、そして大きな不安を胸に抱いて、不器用でアンハッピーな彼らと次に会うのを楽しみにしたいと思っている。